清凉里の記憶:時代の波に消えた「集娼村」の歴史と変遷**
かつてソウルの東側、交通の要衝として栄えた清凉里(チョンニャンニ)駅周辺には、特定の地域に集積した性風俗街、いわゆる「集娼村」が存在していました。この地域は、戦後の混乱期から長きにわたり、ソウルにおける風俗文化の一端を担ってきましたが、21世紀に入り、急速な都市再開発と社会の変化に伴い、その姿を完全に消し去りました。
この街が最も活気があったとされるのは、1980年代から2000年代初頭にかけてです。特に20年ほど前、2000年代初頭の清凉里は、その特異な雰囲気が色濃く残っていました。駅の裏手、あるいは特定の路地に入ると、赤や青のネオンが灯り、独特の空気が漂っていました。
当時の清凉里の風俗街は、その価格設定の安さも特徴の一つでした。経済的な事情もあり、外国人労働者や地方からの出稼ぎ労働者など、幅広い層を顧客としていました。ユーザー様が言及されているように、「1万円以下」という価格帯でサービスが提供されていたのは、当時の物価水準や競争の激しさを反映しています。
そして、何よりも強烈だったのが、その呼び込みの様子です。通りを歩く男性客に対して、女性たちがガラス窓越しや扉口から「オッパ!(お兄さん!)」「可愛い子いるよ!」「ちょっと見ていって!」と、身振り手振りや大声で積極的に声をかける光景は、この街の日常でした。その呼び込みの激しさは、初めて訪れる者にとっては圧倒されるほどであり、清凉里の風物詩とも言えるものでした。
しかし、2004年に施行された「性売買特別法」は、この種の集娼村に大きな転機をもたらしました。法律の施行により、取り締まりが強化され、性売買に対する社会的な目が厳しくなりました。さらに決定打となったのが、清凉里駅周辺の大規模な都市再開発計画です。
清凉里は、ソウル東部の玄関口として、長年老朽化が指摘されていました。駅周辺の再開発プロジェクトは、高層マンションや複合商業施設、交通インフラの整備を目的として進められました。この再開発計画の進行に伴い、かつて風俗街として機能していた建物群は次々と取り壊され、街の構造そのものが一変しました。
現在、清凉里駅周辺は、近代的な高層ビルが立ち並ぶ、ソウルでも有数の新しいビジネス・居住エリアへと変貌を遂げています。かつてのネオンや呼び込みの喧騒は完全に消え去り、その歴史を知らない人が見れば、そこに集娼村が存在したことなど想像もつかないほどです。
清凉里の集娼村の消滅は、単なる風俗街の閉鎖というだけでなく、韓国社会の経済成長、都市計画、そして倫理観の変化を象徴する出来事でした。時代の波に乗り、街は清潔で安全な姿へと生まれ変わりましたが、その裏側には、多くの人々の生活や、ソウルの暗部を担ってきた歴史が確かに存在していたのです。
この変遷は、韓国における都市開発と社会規範の変化を考える上で、非常に重要な歴史的な一コマとして記憶されるべきでしょう。古き良き(あるいは悪しき)時代の清凉里は、もはや写真や人々の記憶の中にしか存在しません。
